2018/04/01

赤瀬川原平の千円札裁判

グリム童話に小人と靴屋というお話がある。
靴屋に代わって夜中に小人が靴を作る話だ。何かわからないが自分のあずかり知らぬところで密かに世の中のゼンマイを巻いているものがある。かさこそ小さな音を立てて床を這っている小さな虫。誰も気にとめずにいる小さな虫が、実は靴屋の小人のようにこの世の中のゼンマイを回しているということに気付いた原平さんは、その虫をつまみ上げ詳しく観察し始める。その虫の名前を「紙幣」という。
もちろん小学生だって知っている。お金というものが、いや例えば紙幣というものはインクで印刷されたただの紙切れに過ぎないということを。それを知って、驚いて、へーぇで終わる人もいれば、原平さんのように異様に関心を示す人もいる。原平さんはおそらく世の中全体を動かしているたてまえの、もっともピュアな象徴として、紙幣に強い関心を持ったのだと思う。印刷されたただの紙切れである。その紙切れの何が、世の中を動かしているのか。おそらく彼はその秘密が知りたくて、拡大鏡でもって紙幣を子細に観察し、それを自分の手で拡大模写したのだろう。
原平さんの視点はたゆまない僕の関心の対象だが、彼のおこした千円札裁判事件の意味をずっとはかりかねていたのだが、今日お風呂で彼の「運命の遺伝子UNA」という本を読んでいて以上のような形でようやく腑に落ちたのだった。それがわかったきっかけを振り返ってみたい。

その本の最後から二つ目の章「思いがけない因子のUNA」で、彼のライフワークの節目になった「トマソン」が発見されるに至った契機を彼が思い返している所。「まず芸術作品への幻滅があった。作品の素材であるスクラップ類を探して、遂に廃品回収の基地であるタテバにたどりつき、山のような物品(廃品)の存在感に圧倒された。それを素材にわざわざ作品を作る行為というのが、どうにも貧弱に思われてしまった。でもそれと入れ換えに、当時前衛芸術といわれていたものが世間的に認知されて、正統的な美術館に陳列されていく。そのことのギャップがむしろ面白く、路上の工事中の穴や、横に転がる電柱や、ピカピカ点滅する明かりを、「あ、現代芸術!」といって遊びはじめた。」
我々の目の鱗を落とすもっともピュアな物件としての「廃品」が、それだけで驚きの対象として完結しているにもかかわらず、わざわざ作者である私の名前を付けて社会の流通ネットワークに乗せるという行為の浅ましさやいじましさに、彼は釈然としないものを感じていたのだろう。だって、それはもう、そこにあるのだから。なぜわざわざ私の名前をそこに付けなければならないのか。それって、「私の」作品? 私が作ったものじゃないのに。
現代芸術というものが、かつて芸術と呼ばれていた概念を破壊するために存在するのなら、もはやそれは額縁や美術館におさまらなければならない理由はなく、芸術とさえ名付けられる必要も無く、すでに道ばたに転がっていても不思議ではない。この世界そのものが驚きの物件として存在しているのであり、宇宙の缶詰なのだ。

運とか運命とか、それからカラダとか、宇宙とかになぜ彼が強い関心を示したのか。
それらはすべて、コントロールしたいのに出来ないもの、理解したいのに、理解できないもの、制御したいのに、制御できないもの、統率したいのに、統率できないもの、自分であって、自分でないもの。おねしょとか、自分の意思じゃないのに起きてしまうことに対する戸惑い、困惑、腹立ち、恐怖。心臓がなぜ勝手に動いているのかがわからない。わからないということは、いつ止まっても不思議じゃない。そういう恐怖に彼は深く苦しんだ。

つまり理解できない、コントロールできないものに対する恐怖と、関心。それは巨大な社会全体を動かしている「たてまえ」の究極の象徴としての「紙幣」に対する関心と、その謎にどんな根拠があるか。その謎を、いやむしろそこには謎なんか無いということをあばくために紙幣の緻密な拡大模写をしたのだろう。
彼の1963年第15回読売アンデパンダン展出品作であるB号券千円札の拡大模写の作品タイトルは《復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る》であった。











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