2018/04/24

柿の文鎮

南部鉄 柿

南部鉄で出来た柿の文鎮です。
骨董趣味はありませんが、なんともいい佇まいです。








南部鉄 柿

万年筆を再び使うようになってノートの折り返し部分の浮きを押さえるために購入したのですが、勉強の休憩時間に眺めるのもいいものです。










南部鉄 柿

小さく可愛い文鎮ですが手にするとずっしり重くて525gもあります。
僕は楽天の書道系のお店で購入しましたが万年筆販売で有名な「スミ利」さんでもあつかっておられますね。
追伸:この写真では柿の色はかなり赤っぽく写ってしまいましたが実物はもうちょっと地味な朱色です。念の為。







2018/04/15

YARD・O・LED

YARD・O・LED Blueblack

YARD・O・LEDのBlueblack。
この独特の青緑色が気に入って随分使ったけど万年筆熱が冷めてからほぼ7年間お蔵入り状態だった。
それが最近ポルトガル語を勉強し始めてからふたたび万年筆熱に火がついた。
変色してるかもと思ったが買ったときとあまり色味は変わっていなかった。
青すぎず緑すぎず、明るすぎず暗すぎず、そして若すぎず渋すぎず。
いい塩梅です(Photo Yodobashi ®)。










2018/04/13

写真の臨在感

serene beauty


写真にはいろんな魅力があるけれども僕が惹かれるのは主に二つ。
一つ目は絵的に美しいこと。二つ目は臨在感。
絵的に美しいためには素材が重要だけど素材と同じくらい重要なのは構図。さらに色と光。
で、二つ目の魅力である臨在感というのは臨場感と言ってもいいけど、要するに「その場に居合わせているような感覚」のことだ。この臨在感は何によってもたらされるかというと、まず重要なのは触感を感じさせるほどのテクスチャの精密描写。そしてもう一つはボケの深度と滑らかさではないだろうか。

僕がはじめて写真に臨在感というものを感じたのは初代のSigma DP1で写真を撮ったときだ。見えるもの全てが触感を感じさせるほど精密に写っていた。それが僕にその場に居合わせているような錯覚をもたらした。そしてその魅力に取り憑かれた僕は結構長い間シグマフリークだったが、精密描写追求だけが独り歩きしてしまい袋小路に入ってしまった。

次に臨在感を感じたのはノクチルックスで撮られたライカの写真を見たときだ。開放F値0.95の極薄被写界深度のもたらす深いボケと滑らかなボケ味は被写体をクッキリまわりからくり抜き、僕はその立体的にたちまちとりこになった。でもノクチもライカも高すぎて買えないからキヤノンのドリームレンズを大枚はたいて購入したりマクロスイターなどのシネレンズに手を出したりしたが思うような立体感が得られずこれも森のなかに迷い込んでしまった。

さて、僕は今日まで前者と後者、すなわち精密描写と極薄被写界深度は別々のテーマだと思っていた。精密描写も魅力的だし、極薄被写界深度も魅力的だ。だからFoveonはいいよねとか、小さいF値のレンズもいいよねとか、それぞれ別個に魅力を感じていた結果、例えて言えば右目は精密描写、左目はボケというふうに斜視になっていたような気がする。だが今日FujiのGFX50SにGF110mmF2を付けた作例をFlickrでみていてシャープかつボケが大きい写真の全てに臨在感が表現されているわけではないことに今更だけど気が付いた。つまりシャープさとボケの大きさをそれぞれ独立のパラメーターとして追求しても臨在感は得られないということなのだ。じゃあどうすれば臨在感が得られるかというとこれはまた別に追求しなければならないのでひとまず置くことにするが、ともかく精密描写とボケの大きさだけを別個にテーマとして追求しては駄目だと。少なくともその精密描写は臨在感に寄与しているか、そしてそのボケは臨在感に寄与しているかという視点から冷静に評価すべきではないかと。

いやわかっているひとにとっては何をあたりまえのことをくどくど書いているのかとあきれているかもしれないが、まぁつまりそういうことだったのかと気が付いた春の宵でした。












2018/04/10

人生における入力と出力

現実の世界で収入と支出があるようにバーチャル世界にも収支があるのではないか。
そのインプットとアウトプットのトータルバランスのことを考えている。
ひとが生まれて成長しその過程で様々なことを学習し、働きだしてからその学習した内容を社会に還元する。そして退職する頃には出涸らし状態。いや見た目は以前と変わらないし働こうと思ったら働けないわけじゃないが、その内容はほとんどがルーチンワークで脳はほとんど活動していない。

もちろん高齢になってもバリバリ新しいことにチャレンジして脳をフル回転している人もいるので一概には言えないが、僕の場合は退職する一年ほど前から脳の収入と支出のバランスがマイナスになっている感じがしていた。具体的にはそれは《朝起きたときに仕事に行きたくないという感情》として現れた。
「うつ」に似ている。あるいは「うつ」の一部は脳の収支のバランスがマイナスになっていることが原因なのかもしれないが僕は専門ではないのでわからない。ただ要するにそういった状態が僕の場合は収支の問題だったのではないかと退職してからなんとなく感じている。

さきほど人生の前半は入力、後半は出力とざっくり分けたけれども、もちろん人生の前半にも出力はあるし後半にも入力がある。むしろ後半で出力より入力の多い人もいるだろう。ただ傾向としてはやはり後半は入力より出力のほうが多いと思うし、僕の場合もいろいろ知識や経験や新しいアイデアなどで入力に努めてはいたが結局最後は枯渇してしまった。これは脳の破産と言ってよいかもしれない。

脳が破産するとどうなるか。具体的には「自分に飽きる」。もう逆さに振っても鼻血も出ない。出てこない自分に飽き飽きする。自分のことをつまらなく感じる。自分を捨てたくなる、いやそこまではいかないけど、少なくとも生きる喜びを感じれないまま過ごしていた。

転機になったのは病気の発症だった。2年前にメニエール病になって、眩暈、耳鳴り、難聴のために一時入院。去年の5月末には仕事の続行が実質上不可能になってしまった。そして二ヶ月間休職。ところがこの休職が僕にとって砂漠のオアシスとなった。10年ぶりに海で泳いだり、毎日プールで泳いだり、ジョギングしたりと、まるで小学校の夏休みに戻ったような日々を過ごすことができた。8月に復職したものの結局仕事続行が無理であることを再確認するだけだったので12月に退職させてもらった。

そういう、わがままが出来る境遇であったことには感謝しかないが、そして同じように永年命を削るような修羅場で過ごしてきてまだ戦い続けている同年代の戦友たちには申し訳ないが、今こうして自分のためだけに時間を使える自由というのは、ひょっとすると再び将来の出力のための入力期間なのかもしれないと思って日々セッセとポルトガル語を勉強したりギターを弾いたりして遊んでいる。











2018/04/05

久しぶりのペリカン

write and learn


最近はずっと、もう長い間プラチナのピグメントインクブルーを入れたパイロットキャップレス一本槍だったけど、今日ペリカンのM800イタリックライティングにセーラーの海松藍を入れて書いてみた。
そうしたら忘れていたM800を買ったときの感動が甦った。いやもちろんペリカンの素晴らしい書き味のことを忘れていたわけじゃないけど仕事使いにはもったいないというか、レディを現場に連れて行く訳にいかないというか。そんなわけでずっと彼女のことは敬して遠ざけていたのだ。
でも今日久しぶりに嗅ぐインクの匂いとM800の羽根のような書き味にウットリ。あぁ万年筆ってやっぱりいいなぁ。












2018/04/01

赤瀬川原平の千円札裁判

グリム童話に小人と靴屋というお話がある。
靴屋に代わって夜中に小人が靴を作る話だ。何かわからないが自分のあずかり知らぬところで密かに世の中のゼンマイを巻いているものがある。かさこそ小さな音を立てて床を這っている小さな虫。誰も気にとめずにいる小さな虫が、実は靴屋の小人のようにこの世の中のゼンマイを回しているということに気付いた原平さんは、その虫をつまみ上げ詳しく観察し始める。その虫の名前を「紙幣」という。
もちろん小学生だって知っている。お金というものが、いや例えば紙幣というものはインクで印刷されたただの紙切れに過ぎないということを。それを知って、驚いて、へーぇで終わる人もいれば、原平さんのように異様に関心を示す人もいる。原平さんはおそらく世の中全体を動かしているたてまえの、もっともピュアな象徴として、紙幣に強い関心を持ったのだと思う。印刷されたただの紙切れである。その紙切れの何が、世の中を動かしているのか。おそらく彼はその秘密が知りたくて、拡大鏡でもって紙幣を子細に観察し、それを自分の手で拡大模写したのだろう。
原平さんの視点はたゆまない僕の関心の対象だが、彼のおこした千円札裁判事件の意味をずっとはかりかねていたのだが、今日お風呂で彼の「運命の遺伝子UNA」という本を読んでいて以上のような形でようやく腑に落ちたのだった。それがわかったきっかけを振り返ってみたい。

その本の最後から二つ目の章「思いがけない因子のUNA」で、彼のライフワークの節目になった「トマソン」が発見されるに至った契機を彼が思い返している所。「まず芸術作品への幻滅があった。作品の素材であるスクラップ類を探して、遂に廃品回収の基地であるタテバにたどりつき、山のような物品(廃品)の存在感に圧倒された。それを素材にわざわざ作品を作る行為というのが、どうにも貧弱に思われてしまった。でもそれと入れ換えに、当時前衛芸術といわれていたものが世間的に認知されて、正統的な美術館に陳列されていく。そのことのギャップがむしろ面白く、路上の工事中の穴や、横に転がる電柱や、ピカピカ点滅する明かりを、「あ、現代芸術!」といって遊びはじめた。」
我々の目の鱗を落とすもっともピュアな物件としての「廃品」が、それだけで驚きの対象として完結しているにもかかわらず、わざわざ作者である私の名前を付けて社会の流通ネットワークに乗せるという行為の浅ましさやいじましさに、彼は釈然としないものを感じていたのだろう。だって、それはもう、そこにあるのだから。なぜわざわざ私の名前をそこに付けなければならないのか。それって、「私の」作品? 私が作ったものじゃないのに。
現代芸術というものが、かつて芸術と呼ばれていた概念を破壊するために存在するのなら、もはやそれは額縁や美術館におさまらなければならない理由はなく、芸術とさえ名付けられる必要も無く、すでに道ばたに転がっていても不思議ではない。この世界そのものが驚きの物件として存在しているのであり、宇宙の缶詰なのだ。

運とか運命とか、それからカラダとか、宇宙とかになぜ彼が強い関心を示したのか。
それらはすべて、コントロールしたいのに出来ないもの、理解したいのに、理解できないもの、制御したいのに、制御できないもの、統率したいのに、統率できないもの、自分であって、自分でないもの。おねしょとか、自分の意思じゃないのに起きてしまうことに対する戸惑い、困惑、腹立ち、恐怖。心臓がなぜ勝手に動いているのかがわからない。わからないということは、いつ止まっても不思議じゃない。そういう恐怖に彼は深く苦しんだ。

つまり理解できない、コントロールできないものに対する恐怖と、関心。それは巨大な社会全体を動かしている「たてまえ」の究極の象徴としての「紙幣」に対する関心と、その謎にどんな根拠があるか。その謎を、いやむしろそこには謎なんか無いということをあばくために紙幣の緻密な拡大模写をしたのだろう。
彼の1963年第15回読売アンデパンダン展出品作であるB号券千円札の拡大模写の作品タイトルは《復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る》であった。