2018/01/16

João Gilberto

silêncio


最近はもっぱら読書とかワークアウトとか、大げさに言えば自己改造の方向に力を入れている。力を入れすぎて、水泳やジョギングのあとで風邪をひいて寝込んでしまったり、押し入れから出してきたブルワーカーをやりすぎて右肩を痛めたり、昨日も新しく買ったマウンテンバイクで転倒して左胸をしたたかに打って、骨折こそしなかったけど笑ったりくしゃみなんかすると激痛で涙が出る。今日はそんなわけで落ち着いて家で音楽を聴いている。

写真のCDはジョアンジルベルトが1973年にリリースした「三月の水」、これは邦名で元のタイトルは彼の名前そのままの"JOAO GILBERTO"。いつ買ったかは覚えていない。たぶん20年くらい前。本屋の店頭に雑然と並んでいた中古CDの中に眠っていた。製造国はブラジルで、ジャケットは少し色褪せていてとても安かった。彼のCDはいくつか持っているけど「JOAO」に次いでよく聴く。呟くような歌声が痛む肋骨に優しい。












R0017279C


何で撮ったかというとOM-D E-M1にNokton 25mm F0.95 開放。この組み合わせはザ・カメラという感じ。











2018/01/04

今年の抱負?

雪霰


写真を撮り始めたきっかけは何だったのかを思い返すと、インターネットを始めて間もない頃にiMacのデスクトップピクチャーを集め始めた頃にさかのぼるだろう。最初はSpyMacというサイトで気に入った写真をダウンロードしていたが、そのうちにいろんなひとの写真に興味を持ち始めた。ハイパーカードの生みの親であるBill Atkinson氏が写真家に転身したと知ったときには驚いたが、彼のサイトで写真を見てその素晴らしさにまた驚いた。彼の友人であるCharles Cramer氏の写真もまたBill氏に負けず劣らずさらに素晴らしいものだった。まぁそういった写真をダウンロードして愛でていたわけだが、ソニーのデジカメを買って自分で撮った写真をこのShins blogにアップするようになってから僕も写真を撮る楽しみにどっぷりはまってしまった。

写真を始めて間もないころは魅力的な写真をみて自分もそんな写真を撮ってみたいと思い、それをまねて新しいカメラやレンズを手に入れたり技術を身につけたりするわけだが、これが一番楽しい時期だろう。つまり日々新しい試みをしたり、目指すべき目標に向かって努力する。この時期はかなり長くて、僕の場合は10年続いた。

でもある程度写真を撮り続けてそれなりの経験と技術が身につくと、かつて自分が素晴らしいと思っていた写真にまったく興味がなくなってしまった。すべての写真がつまらないわけではないが、自分の写真にしても他人の写真にしても、それが一応写真として成り立っているかという、いわば他者の目で構成された写真がつまらないのだ。じゃあパーソナルであればいいのかというとパーソナルであるだけではやっぱりつまらない。できれば自分の後頭部が見えるくらい視点の遠い写真が撮りたいと思う。そんな写真はなかなか撮れない。でもどこを向いていたいかといえばそういう方向。





















2018/01/03

撮らないですむためのカメラ

camellia

先月残柿を撮ってからもう何も撮りたくなくなり、何も撮りたくなければ撮らなくてもよいわけで、それはそれで心穏やかな日々だ。
でも相変わらずお風呂には古いカメラ雑誌を持って入っていて、何も撮りたくはないが何か撮りたいという、カメラ好きならたぶんわかってもらえると思うけど、そういう気持ちはやはり失われていない。
RicohのGRD4を下取りに出してそのかわりにフジのX100Fを買おうかと思っている。
フジはGFX50Sが欲しかったけど今の僕の気持ちの答えとしては大げさな気がする。ライカは意味の重さに僕自身がたぶん追いつけない。
GRD4は好きだったけど特にモノクロームでの平板な質感や何を撮ってもドキュメンタリーの臭いがするのが嫌になってしまった。
どんな写真を撮りたいかは少しずつわかってきた。かなりゆるいがパーソナルな臭いのするものだ。緩くてパーソナル。そしてぼんやりと遠い。でもそんな写真はなかなか撮れない。もう撮る前からほとんど撮れないのがわかっている。だけどずっと待っていないと撮れないから、撮れないためにずっと持っていなければならない。撮れない、いやむしろ撮らないですむためのカメラを買おうとしている。まだ買ってもいないのに、そんなことを考えている。
新年あけましておめでとうございます。