2017/05/05

river of May

river of May


もうカメラ・写真なんかどうでもいい。何ならやめてもいいと思うくらいになってからカメラとの本当のつきあいが始まるのかもしれない。
もちろんそれなくしては日も夜も明けぬという時期はあるだろうけれど、その時期を過ぎたらじゃあもう別れるかというふうに考えるんじゃなくて、さてそこから穏やかなバランスのとれた生活が始まるんだと。

















2017/05/04

the season of fresh green

the season of fresh green


近場でばかりで撮っているとレンズ個々の魅力に頼らざるを得なくて、それに飽きたらもう撮れない。
でもそのためにスペクタクルな場所へ出掛けるというのは気が引ける。
そもそも誰のためにスペクタクルな場所に出掛けなければならないのだろう。
そういう行為って僕の中では何だかあさましい感じがする。

行楽でも仕事でもいいけど何かほかに当地へ行く理由があって、行ってみたら魅力的な景色なりひとと出会ったので写真を撮りたくなったというならわかるけど、写真を撮るためにスペクタクルな場所へわざわざ出掛けるというのが何だかいやなのだ。
それはつまり僕の中で写真を撮るという行為がかつてのような自己表現ではなくなってきているせいかもしれない。

ある有名な作家の妻とおぼしき人もこう言っている。
「なぜ何か(表現活動を)しないのか、とよく言われるけれど、自分の人生を全うする以上の自己表現はない」















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