2013/09/03

打球の行方

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先日テレビ番組の「世界一受けたい授業」で長嶋茂雄氏の特集があって、
ゲストの江川卓氏から彼にまつわる意外なエピソードをいろいろ聞くことが出来た。
その中で僕が一番興味を持ったのは彼が現役を引退したときのインタビューだった。

「以前なら野手のいない方向へ打球がバウンドしたのに、野手の正面にバウンドするようになった」

彼が引退を決意するに至った要因はいろいろあろうが
その中のひとつのきっかけとしてこの言葉が取り上げられていたように思う。

それにしても不思議な発言である。
普通なら「体力の限界を感じるようになった」とか「ボールの速さに追いつけなくなった」というような
加齢に伴う気力、体力、反射神経の衰えを引退の理由にすると思うのだが
彼はボールのバウンドの方向が変わったと言う。

なんだ、運が悪くなったから引退するのかと思うのは浅膚な判断だろう。
おそらく彼の世界観からすれば打球は気迫の延長線上にあって野手のいない方向に「逃げる」のである。
それが逃げなくなったということはボールの先まで気迫が届かなくなったということだろう。
あるいはそれは彼自身の気迫というよりも
精一杯力を尽くした時に自分の外からやってくる「神通力」のようなものが遠ざかってしまったということかもしれない。

何を馬鹿なと思うかもしれない。
僕自身同じようなことを感じたときがある。
四半世紀近く現場の仕事をやってきた僕は訳あって最近手を降ろすことになった。
それは周囲からの強い要請であったにしろ、自らの技量への未練に言外の感慨もあったのだ。
それがむしろ腹をくくる気持ちになったのは「野手の正面にボールがバウンドするようになった」からで
かつて自分の味方だった神通力が降りてこなくなったことにある日寒々と気が付いたからだ。
誰の人生にも潮目というものがある。

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