2010/06/26

不運を人格化するという習慣

腹に収めることの出来ない深い悲しみや
納得できない不運に見舞われると
人は自分の内や外に原因を探そうとする。

そしてしばしばそれは人格の形をとる。
それはある時は攻撃すべき敵であり
責任を取るべき他者であり
自分をもてあそぶ悪しき神である。

僕たちの頭の中では世界は一つのお話で
お話には常に原因がある。
だがこの世界に原因はない。

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