2009/04/08

筆記具遍歴あるいは愉悦の条件

SDIM0628
Large view

今はもう電子カルテだけど、僕が市中病院の研修医だった20年ほど前のカルテはもちろん手書きだった。

それまではボールペンというのは使い切る前にインクが出なくなって捨てるものだと思っていたが、カルテに書く文字の量というのは半端ではなくて、文字通りみるみるインクが減っていく。インクを使い切って捨てるというのはなかなか気持ちのよいものだ。どんどん書いてどんどん捨てた。こんなにも文字を書く職業があるのかと驚いた。

手が疲れてしようがないので大学時代に使っていたプラチナ万年筆を再び使い始めた。書き味もよくて気に入っていたが、やがて首軸と胴軸の間のねじが馬鹿になった。

次に買ったのがセーラーの万年筆「プロフィット」で、何度か下に落としたこともあるし、かなりハードに使っているうちに首軸の金具と樹脂の間からインクが漏れて手が汚れるようになった。

次に買ったのはぺんてるのトラディオ・プラマンという筆記具で、今は普通に文房具屋さんで売っているが、当時はまだあまりポピュラーではなくて、僕が見つけたのも難波の画材屋さんだった。
ジウジアーロのデザインみたいな流麗なフォルムで、ペンの当たる角度によって太くも細くも書ける、サインペンと万年筆のあいのこみたいな筆記具。キャップと胴軸は使い回しで、ペン先と一体になったカートリッジが1本300円位だったが、それからしばらくして人気が出たのか200円位になった。カートリッジをダースで買って、延々と使い続けた。
僕にとってはこのプラマン時代が一番長い。ごく最近までずっと愛用してきたが、電子カルテになってからほとんど文字を書かなくなったので、プラマンの出番も随分減った。たまに書類に文字を書くときはボールペンだが、書くという行為そのものが苦痛になり、書き方も以前よりぞんざいになった。

SDIM0630
Large view

それで万年筆に思い至ったわけだ。落ち着いて丁寧に書くために。
以前使っていた万年筆を久しぶりに出してきて、きれいに水で洗ってインクを入れてみた。ネジが馬鹿になって使わなくなったプラチナ万年筆も、ねじ山に1cmほどのスコッチテープを巻いたら緩まなくなった。
こんな簡単なことでまた使えるようになろうとは。
でもあのころはひと工夫する余裕もなかったのだ。

万年筆で字を書くとすぐにわかることがある。
書くのが愉快だということが。
でもどうして愉快なんだろう。

ボールペンやサインペンは強く書いても弱く書いても線の太さや濃さは一定だけど、万年筆は筆圧の変化に応じて線の太さとインクの濃さが変化する。
筆圧に加えて、ペンの当たる角度や線を引く速さ、紙質などによっても線の性質が変化する。

何を聞いても一本調子の返事しか返ってこない会話が弾まないように、どう書いても線が同じだと、そこに交渉の入る余地がない。
書き手の入力によって出力が細かく変化すると、そこにコミュニケーションが生まれる。
だから愉快なのかもしれない。

ある程度パラメーターが多くないと楽しい交渉は生まれない。
車の運転もオートマよりミッションの方が楽しいのも同じ理屈なのだろう。


《交渉に於いて愉悦が生ずるための条件》
1. 複数のパラメーターが存在すること。
2. 入力に対する出力に多様性があること。
ただしこれは必要条件であって十分条件ではない。

SDIM0638
Large view

6 件のコメント:

  1. みゆ4/10/2009

     shinさんは筆記具にこだわりがある方なんですね。
     私も文具大好き!
     私は、中学校の頃にはガラスペンを使っていました。今は軸も全部ガラスの高級品をよくお店では見かけますが、その頃私が使っていたのは軸が竹の廉価版のガラスペンでした。インク壺につけて書くのですが、これが意外に長く書けるんですよね。
     生まれ育った実家が文具店だったからというだけでなく、文具のお店ってわくわくします。
     最近は知り合いに教わったパイロットのコレットという三色ボールペンがお気に入りです。先の太さ、軸など自分で自由に選んで作れる三色ボールペンで、色が確か12色くらい、太さが2種類くらいあったかと思います。私のお気に入りの三食は橙色、茶色、紫の三色セットです。

     唐突ですが、今日はフルムーンですね。
     今日の日経新聞朝刊に東北の旅の広告がありました。フルムーンの夫婦の旅 新幹線グリーン車利用の3泊4日の旅、二人で25万円、11食付きというものでした。私が目を惹かれたのはフルムーンが夫婦であわせて88歳以上というところでした。もっと上なのかなぁと漠然と思っていたのでちょっとびっくりしました。高峰美枝子さんのコマーシャルの印象が強すぎたのかもしれません。

    返信削除
  2. みゆさんサンキュです。
    文房具。好きです。文房具屋さんも大好きです。本屋さんと同じくらい。
    みゆさんの実家は文房具屋さんだったんですね!
    うーん、楽しそう!うらやましい。
    僕、トンボのMONO100が好きなんですよ。
    大学浪人時代にダースで買ったMONO100はまだ持っています。
    最近鉛筆を使わないけど、あの書き味はうっとりです。まだ売ってるのかな?(ガラスペンは怖くて使えません(笑))

    昨日仕事の帰りに歩いていたら、ライトアップされた夜桜の向こうに朧月の満月!思わず「できすぎやん」と呟いてしまいました。

    内田樹師匠が京大で講義した時に、「つきあってはいけない男の条件」を3つ挙げたことがあります。
    ふふふ。何だと思いますか?

    1.こだわり
    2.プライド
    3.被害者意識

    だそうです。
    こだわりのある男。
    プライドの高い男。
    被害者意識のある男には注意しなさいと。
    この順番で境界型人格障害に近づいていく。
    こだわりのある男にはくれぐれもご注意を(笑)。

    返信削除
  3. みゆ4/12/2009

    shinさん、そうなんですよねぇ。文房具店ってわくわくしますよね。子どもの頃に、文具の見本市(文具店の経営者が行く新商品の展示会)についていくのが好きでした。MONOシリーズ、覚えていますよ!あこがれの鉛筆でしたね。鉛筆削り器じゃなくてわざわざカッターで削ってみたりしました。そのときの鉛筆の香りが思い出されます。

     それと、つきあっちゃいけない男、、、なるほど!と思いました。「だからこれまで失敗してきたのかも、、、」って相手のせいにして良かったのかっていう問題がありますね。そういう人をセレクトした時点で何か互いに響きあうマイナスの波長があったりして。
     そして、つきあっちゃいけない女っていうのも聞いておきたいような気がします。こだわり、プライド、劣等感かなぁ、、ちょっとしょんぼりしちゃうなぁ。

    返信削除
  4. みゆさんこんばんはです。
    文具の見本市!わー、想像するだけでも頭の中がお花畑です。
    そう言えば僕が小学校に上がった時は筆箱には鉛筆を削る小さなナイフが入っていたっけ。
    このナイフの名前は何というのか、ネットで調べたら「ボンナイフ」と言うらしいです。僕等はただ「カミソリ」と読んでいたような気がします。
    それでボンナイフで調べたらこんなサイトを見つけました。↓懐かしいですね!
    http://homepage1.nifty.com/nekocame/60s70s/bunbogu/bonknife.htm

    カミソリで鉛筆を削っているうちに、手回しの鉛筆削りが発売になり、
    僕が小学校高学年になる頃には電気鉛筆削りが発売になりました。
    子供心に、たかが鉛筆を削るのにどうして電動の機械が必要なのか?!
    と腹を立てていたので、教室の後ろに設置された電気鉛筆削りは使わずじまいでした。
    そうこうするうちにシャープペンシルが発売になり、鉛筆を使わなくなりました。
    (そういえばもう最近は電気鉛筆削りもほとんど見なくなりましたね)

    次に鉛筆を使うようになったのは大学受験でマークシートを塗りつぶすためで、ドイツのKUM社のアルミ削りだしの鉛筆削りを買いました。↓
    http://bundoki.com/?pid=770909
    これは今もどこかの引き出しの奥に眠っていると思う。

    うーん、こだわり、プライド、被害者意識というのは、誰しも多かれ少なかれ持っていると思います。
    たぶん問題は、それを「披瀝する」人。

    オレにはこんなこだわりがあるんだ!すごいだろ!
    オレはプライドが高いんだ!オレ様を誰だと思っている!
    どいつもこいつもオレを馬鹿にしやがって!

    というふうに、他人にアピールする人は、他人の客観的評価と自己評価の間に大きなギャップがあります。
    このギャップは肥大した自己意識を持っている自分が生み出したものなのに、他人が正当に自分を評価してくれないせいだと考えて、さかんに他人にアピールしたり、怒ったりするわけです。

    普通の人にもこだわりやプライドや被害者意識はありますが、それらを披瀝しません。なぜなら普通の人はそれらの原因はおそらく自分の方にあると薄々知っているからです。
    みゆさんはだいじょうぶですよ(笑)。

    返信削除
  5. みゆ4/14/2009

     ふぉ~ボンナイフですか!私の記憶にはありませんが、懐かしい雰囲気ですね。小さい鉛筆削り、ありましたね。今は同じ感じのものがペンシルタイプのまゆ墨を買うと付いて来ます。以前売り出されていたものの中には、削りかすが貯まる部分が付いているものもありましたね。

     他人の客観的評価と自己評価の間のギャップのお話。すごく納得です。自分ももしかして、、、と時々思うこともありますが、以前の職場で一緒だった人がこれが極端で怖いくらいでした。こういう視点でみると納得できますし、少しはうまく対処できるような気がします。
     
     あ、もしよかったらコレト三色ペン試してみてくださいまし。(コレットじゃなくてコレトでした、、、)
    http://www.pilot.co.jp/products/pen/ballpen/gel_ink/coleto/

    返信削除
  6. >みゆさん
    コレト、いいですね!クリアブルーとアップルグリーンとベビーピンクがきれいで気に入りました。
    今は万年筆にお熱ですが、コレトの実物を見たら欲しくなるかも。サンキュです。

    返信削除

twitter